ここ最近、印象的だった日常の1シーンはありますか?
私は、ほんの数秒の素敵なシーンが記憶に残りました。
ついこの間、私用でお昼すぎに出社をした日がありました。
出社中の電車の中、向かい側にはお母さんと小学生くらいの息子さんと思われる二人組が並んで座っていました。
各々読書をしていて、お互いの本に集中している様子。
ふと、お母さんがカバンからグミの袋を取り出すと、音に気づいたのか息子さんは期待の眼差しでお母さんの手元を見ました。
お母さんと息子さんは笑顔で顔を見合って、手に持ったグミの袋を1度だけ振ってみせて「これ、開けてたべようか?」というジェスチャーをしている様子でした。
封をあけると、息子さんの差し出した手にグミをサッと一粒、お母さんも一粒口に運び、笑顔で見合ってまたすぐにお互いの読書に戻っていました。
ほんの数秒の出来事ですが、この瞬間が数日たった今でも印象的です。
ここで感じた感覚が、なんとなく腑に落ちてきたのでコラム記事で書き出してみたいと思い執筆を開始しました。
はじめに:デジタル時代の数字の洪水
グミからいきなりデジタルの話!?とびっくりされるかもしれません。
このワンシーンについて、色々と考えを巡らせていたこの数日間、私としてはこの時代における根本的なところに関わる意味付けがしっくりきました。
SNSが当たり前の時代。
個人が情報で稼ぐ時代。
SNSのフォロワーや閲覧数、反応の数がダイレクトに「自分の価値を決めている」ように感じる時代。
フォロワーが何人いるとか、インプがいくつあったとか、何回動画が再生されたとか、一ヶ月でいくら稼げるとか
色々な数字で溢れているデジタル時代です。
もちろん、デジタルになる前から数字は大事で、数字を上げるために仕事をして稼いで、というのは当たり前です。
だけれどプライベートでも常に数字に追われていたかというと、そうでもなかったんじゃないかと思うのです。
今はプライベートで「何かをはじめる」となればホームページを作ったり、SNSで発信したり、売上が出るかを重要視したり
とにかく数字がつきまとっているように感じるのです。
数字など関係なかった自分を癒やすための趣味でさえ、その様子をSNSにアップして反応があれば嬉しいし無ければちょっと寂しいという人も居るでしょう。
まさに「数字の洪水」の中で必死に力を入れて進んでいる、そんな時代に見えるのです。
私はブログとSNSで細々と情報を発信しています。
ブログや情報商材発信に興味を持つ方々のアカウント傾向を見ていると、情報商材やPV稼ぎのために数字が多く出てきます。
具体的な数字を出すと集客が捗るからで、効率的に稼ぐことができます。
本当に皆様凄くて、尊敬しています。
ビジネスとしては正しいけれど「私自身としてはなんとなくしっくりこない情報発信」だと感じていました。
ここで詳しくは語りませんが、私は今まで様々な名前で様々なブログ発信やアート販売などを通してたくさんの人々に情報や商品を届けてきて失敗をもたくさんしました。
でも、先程のグミのエピソードを考え抜き「一つの芯」を得られたと感じました。
グミ一つ分の幸せな時間
冒頭でご紹介したエピソードと先程の「数字の洪水」のことで考え抜いた結果、すんなりと上手な言語化はできなかったですが
「人が提供するコト/モノ全て、グミ一つ分の幸せな時間と同じだ」「数字で溢れている時代だけれど、"1"を本当に大切にしたい」
と強く感じました。
グミを一粒食べるには一人の人間がいる。
またまた横道にそれてしまい申し訳ないのですが、禅の「五観の偈(ごかんのげ)」というものがあります。
これは禅僧の修行を行う人たちが、食べ物を頂くときに唱えている5つの文章のこと。
その中の一つに「お米一粒、今ここの目の前に届くまでに関わってきたすべての過程や人に感謝する」旨の内容があります。(人生を整える 禅的考え方という本で詳しく書かれていて面白いです)
これに関連付けて、今回のことを考えていると、二人がグミを食べるまで本当に沢山の過程や人が絡み合っていて、とても尊いことなんだと再認識できました。
そしてこの感覚は、情報発信においても同じことではないかと。
1つのPVの重み
一人がブログを読むと、PVが1増えます。
グミを食べる親子のように、幸せな時間を再認識する人々がいます。
1PVの裏には、何かを感じている一人の人間がいます。読者は文字を読むために時間、端末、お金を使い、それを生み出すために多くのことや人が関わっています。
1PVの裏には無数の「おかげ」があります。
読者が読んでいる瞬間、1PVはそのすべての積み重ねの先にある。
そんなことを、グミの一コマから再認識しました。
グミから学んだ情報を発信することの責任と意識
「NOTE発表から1時間で10000円売り上げました!」「1リプライで5万PVを稼ぐ方法」「SNSで月100万円稼ぐ方法」
すべて、凄いです。
立派な成果で誇るべきことだと思います。
私自身もそんなことができたら嬉しくないはずがありません。
でも、「それを"目的"とするか如く表に強く出すことは、私はしたくない」と思ったのです。
親子が食べていたグミも、たしかにメーカーの大量生産品かもしれません。
だけれど、その商品発売に至るまで無数の出来事が絡み合っていて、手に取った一人の顧客がが喜ぶために真摯に商品開発に取り込んでる人たちがいます。
そんな思いがあったからこそ、お母さんは息子と食べるために手に取って、幸せな時間を感じることができたんだと
そう感じるのです。
デジタル時代に「おける一つ一つの瞬間」を大事に大事にしていきたい
どんな軸で情報発信をするか、完璧ではないですが、今回の件で少し見えてきた気がしました。
「1PVが増えることの尊さ、その裏にある無数の"おかげ"を認識する。そのおかげを可能な限り無駄にしないようにしたい」
このブログ内でも、記事数が少ないのはもちろん、未完成の記事があったり、至らぬ記事がまだまだあります。
それでもすぐには難しいかもしれませんが、軸を意識をしながらコツコツと情報発信をしたい。
そんな気持ちになるエピソードでした。
グミ一つ分の幸せな時間